もう直ぐ開業1年。遠回りが教えてくれた私の戦い方。行政書士の世界に戻ってからの激動

こんにちは、行政書士の潮平泰斗(しおひら たいと)です。平成7年8月生まれの私は、明日で31歳です。
30歳になる自分に衝撃を受けていた昨年から早一年。
少し30代の水にも慣れてきた所です。

昨年の9月に事務所を開業し、3月までは会社員と兼業。今年の4月に完全独立を果たしてから、もうすぐ開業1年。今日は少しだけ、私のこれまでの道のりと、今胸に抱いている決意を書き留めておこうと思います。

私は元々、銀行員として社会人のキャリアをスタートさせました。その後、「手に職をつけたい」と行政書士の世界に一度飛び込んだものの、わずか1年でその資格を置き、別の道へ進む決断をしました。
その理由は、福祉の仕事に対する強い憧れと尊敬の念があったからです。
どうしても現場のリアルを知りたくて、専門学校に通いながら福祉の現場で泥臭く働きました。そして昨年の9月、働きながら勉強の末に社会福祉士の国家試験にも無事1発で合格し、満を持して、再び行政書士として独立する決意を固めました。

一度離れた人間です。それに2度の全く違う職種への転職、そしてまさかの出戻り。心配されないわけはありませんでした。
自分の中では芯があるつもりでも、ふとした時に「自分って実は逃げ続けているのではないだろうか」と悩み苦しむ時もありました。

だからこそ、戻ってきたからには「誰よりもお客様の人生と事業の根幹に寄り添える専門家」になろうと心に決めていました。資格を集めただけになってしまっては本末顛倒。資格を集めたからには最大限資格を有効活用できる人間になろうと決めました。

3月まで会社員とのダブルワークを続け、4月に完全独立を果たしてからの数ヶ月は、想像を遥かに超える激動の日々でした。

遺言書の作成や相続手続き、補助金申請、飲食店や産廃業の許認可、農地転用にはじまり、その他10件近くの受任、ご相談。

裁判所や弁護士事務所、法務局や県庁など普段行く事がなかった場所へ毎日走り回る毎日でした。

現在では障がい福祉事業所様など2社の顧問に就任し、さらに3社目の顧問契約のご相談もいただいております。

今月に入ってからも訪問看護の立ち上げや法人の設立、事業譲渡といった企業の命運を分けるご依頼も次々と寄せられています。

権利擁護の分野でも、成年後見人等としてすでに4名の方の人生をサポートさせていただいており、新たに2名の方の後見人等の候補にも挙げていただいています。

さらに、将来の備えとしての任意後見のご相談も複数件お受けしています。

市の中核機関様や、大学の恩師からも直接のご相談や提携のお話をいただけるようになりました。

開業して間もない私に、これほどまでに重大な案件をお任せいただける現実。毎日、身の引き締まる思いと、お客様や関係者の皆様への深い感謝しかありません。

なぜ、これほど機会をいただけるのか。自分なりに見えてきた「私の果たすべき役割」があります。

それは、銀行員として叩き込まれた「資金繰りや財務のシビアな目線」と、社会福祉士として現場で肌で感じた「リアルな悩みと支援の輪」。この二つを掛け合わせ、最後に行政書士として「確実な法的手続き」で着地させることです。

言われた通りの書類を作るだけの仕事はしません。お客様の事業の裏にあるお金の動きを読み解き、ご家族が抱える介護や老後の不安を福祉の視点で受け止め、その上で最適な防衛線を設計する。それが私の使命でだと思っております。

もちろん、私ひとりの力で解決できることなど限られています。

だからこそ、自分の専門外の領域であれば連携している弁護士や司法書士、税理士、社労士の先生方へバトンを渡す。各分野のプロフェッショナルを繋ぐ「窓口(ハブ)」として機能し、チームでお客様を守り抜く体制を何よりも大切にしています。

どれだけご依頼をいただいても、決して驕ることなく、徹底的に泥臭く。周りに心配をかけ遠回りをしたからこそ見える景色と、現場で培った泥臭さを武器に、これからもお客様に最高の付加価値を提供できる「新しい形の行政書士」として、圧倒的な熱量で走り続けます。

素敵な誕生日を明日は迎えられそうです。